占い師とお客と吉方位がwin-winらしい話(短編小説)

「それでですね。ネット通販で注文したグラスが手元に届いたのですが、なぜか1個多いんですよ。
そこで、販売元に問い合わせしたんですよね。
そしたら”こちらの間違いでしたので、1個多く入った品物はお客様に差し上げます。返品となると、手間と送料もかかりますからね。どうぞお受け取りください”と言われたのです」


私は、その男性からの話を聞いて「さすが」と思った。
実は、私、先日、この男性に「最大吉の方位」を教えたのだ。
この現象は「吉方位をとった結果の出来事」であり「開運方位は開運効果がある」という統計がまた一つとれたのだ。
さすが、奇門遁甲


私はその男性に言った。
「これは、先日の運気取りの結果でしょう。なぜなら、商品の届いた日は、甲の日で、この日は吉方位の効果が出やすいのです」


しかし男性は、納得するなり、私に言い返してきた。
「別に私は、グラスなんて欲しいと思っていなかったのです。私としては、このグラスは4個あればよくて、5個も必要なかった。
吉方位の効果として期待したのは”給料アップ”もしくは”宝くじで当たる”というようなことだったのに」


私は言い返した。
「財を強めるということは、多くを自分のものにするということだ。結果として自分は得しているのではないか。占い、及び、吉方位取りに対してケチをつけるものではない」
男性も言い返してきた。
「そうかもしれないですけど、なんだか納得いかないです。
例えば、モテない人でまるで結婚が運が無い人に対して、恋愛運やら、結婚運アップに繋がる運気取りとかあるのですよね?そういうのも効果があるのですかねぇ?」
納得しているわりに疑い深い男性だ。
私は、分からず屋のこの男に教えてやろうと思った。
「恋愛運・結婚運アップの吉方位はある。例えば、東南の方位がそうだ。東南の方位は良い時期を選ぶと強力に結婚運に作用する」
私は自信を持って男性に言った。
しかし、私の自信に反して、男性は疑ってくる。
「そこで、モテない人がいい時期を選んで東南の恋愛・結婚運アップの運気取りに行くとしましょう。
運気取りの結果”モテる”と思われる現象があったとしましょう。
しかし”モテたようだが、ブスとか、カスとか、結婚詐欺みたいなクズっぽいネタのオンパレードしかない”場合って、どうなのですかね?」
「現象として多いと思われる結果が出たが、質が低く、満足度が高くないということは効果として認められるかということか?」
「そうです」
意地悪な質問してくるものだ。
普通、占いに来る人間は占いが好きだから占いに来るので、そういう質問はしないだろう。
この男性は、占いが好きと言う前提がなく「吉方位に行くと効果がある」という話だけを聞いて占いに来たような人間かもしれない。
こういう人間に対して、自分は論理で負けたくない。
「普段からモテない人は、モテたという現象が起きただけで、効果を実感するというものだ。
普通、効果といえば数のカウントだけに対して評価を持てばいいのだ。
数という実績を出すのが開運効果。そこにブスとかカスとかクズとかいう質に評価をもたないでもいいのではないか」
「そういうものなのですかね?」
なかなかしつこい男だ。
「君は少しひねくれているな。私の鑑定を受けた人の多くは”この現象がたぶん、吉方位取りの結果なんだろうな”とぼんやり現実を受け止める程度で私に報告することもないが。
わざわざクレームを出している人のように、占いや私にケチをつけるのはどうかと思うが?」
男性は言った。
「吉方位取りの鑑定を受けたのにかかった鑑定料金が3000円。特に欲しくもないグラスを金額に換算すると1000円、差額2000円の損失な気がする」
なかなかしつこいイタ客だ。
私は言い返した。
「私の使っている吉方位術は、有名な先生から、秘伝として10万円を出して教えてもらったものなのだ。
10万円ぶんの価値のあるネタをあなたに教えているのであって、それは安いともいえないのだ。
それと、まだ、吉方位取りの効果は継続するともいえる。
グラスが多く入っているという事象は多くの期待できる現象のうちの1つの出来事であり、別のところでなんらかの財産アップに繋がる現象が起こるかもしれない」
考えられ得るものを考えられ得るだけ言う。
きっと、私はこの男性より論がたつはずだ。
それが「先生」というものなのだ。
先生は「口では負けない理論を持つ人間」なのだ。
たとえ、相手が偏屈であっても、先生は負けてはならない。


「そもそも、開運って何なんですか?大きく幸せを満たさないものに対しては、開運を実感しない気がするのですが。
実感、実績が伴わない商品にリピーターがつくとは思えないのですが」
まるで、占いや開運方位にケチをつけるような言いがかりだ。
私は言い返した。
「リピーター?たくさんいるさ。
商売人が特に多いともいえる。
毎月、稼ぎがあって、商売が続いている人ほど、吉方位取りやら開運に対して精を出すものだ。
効果がなんとなくあるような実感を持っているから、毎月アドバイスを貰いにくるものだ。
吉方位取りに対して知識のない素人ほど馬鹿にしていると思うが、それは大間違いなのさ。
それに、あなたは”グラスを一つ手に入れている”という実感と実績があるにも関わらず、あたかも実感と実績がないような言いがかりをしている。
あなたは、占いに謝ったほうがいい。占いや吉方位に対して失礼だ」
私は言い返してやった。
「では…」
男性は言った。
「鑑定料、3000円返金してもらったら、占いと吉方位に謝ってもいいです」
え?
それっておかしくないか?
あなたは、グラスを手に入れるという、吉方位取りによって、財運アップをしておきながら、開運代を返金させるだと。
財運アップにも程がある。
きっとこれは、奇門遁甲の開運効果が絡んでいる現象だ。
おそるべし、秘伝中の秘伝の奇門遁甲
しかし、ここで、返金した場合は「まるで私が一方的に負けている」みたいだ。
返金した場合は、奇門遁甲の勝ち&男性の勝ち。
奇門遁甲には勝たせたいが、自分は負けたくない。
うう、どうしようか。


ところで、この男性、常人ではないな。
「ところで、あなたは、どういう仕事をしているのかな?」
私は質問に対する回答を回避し、別の質問をした。
「ただのサラリーマンですよ。一応、大企業ですが、仕事の雰囲気としてはブラック企業ですよ。働く時間と、給料が見合っていない」
どうやら、相手はお金に困っているタイプらしい。
お金に困っているタイプの人間は「財の収集に対しては人一倍ケチに動く」ともいえる。
さらに男性は言った。
「開運アドバイスにはクーリングオフ制度って、適用されないのですかね?」
私は言い返した。
「効果を実感しておきながら、クーリングオフとはおかしな話だ」
私は忙しいのだ。
こんな、クズみたいな、ザコみたいなクレーム客を相手にしている時間はないのだ。
今日のこれからだって、予約で時間枠が埋まっているのだ。
こんな疫病神みたなイタ客にはさっさと帰っていただきたい。
男性は、カバンから何かを取り出した。
「念のために、会話を録音しておきました」
は?念のために会話を録音だと?
その録音を持って、一体、どこに行くつもりだ?
何に使うつもりだ?
消費者センターにでも行って相談するのだろうか?
一瞬恐ろしくなって、いろんなことを考えた。
だが、この男性のこの規模の話からすると、消費者センターを相手に話をするとは思えない。
たぶん、威嚇のうちで終わるだろう。
ヤクザ的、チンピラ的な演出だ。


私は毅然として言ってやった。
「すみませんが、15時から21時まで、鑑定予約で埋まっているんですよね。
申し訳ないが、お引き取り願いたい。なぜなら、3分後に鑑定を控えているので」
男性は出て行った。
返金はしていない。
結果的に、お客も、自分も、占いも、誰も負けてはいない雰囲気だった。


しかし、奇門遁甲の秘伝中の秘伝である、この運気取りは効果てきめんのように感じる。
自分の実力があるから予約でいっぱいなのか、奇門遁甲の方位効果で予約がいっぱいなのかわからないが、
私は、この秘伝の方位どりをしだしてから、鑑定枠は予約でいっぱいなのだ。


ただし、集まるお客の質はクズみたいなザコみたいな、質の低いネタのオンパレードのような気がする。
だが、数のカウントに対しては、カスとかクズとかいう評価をもたないものだ。
数が多ければ多いほど、お金を稼いでいるのは事実なのだから。